60代夫婦

2013年6月訪問

島原からフェリーで熊本港へ上陸して熊本市内へしばらく走ると既に、熊本の象徴とも言える「熊本城」が見え隠れしています。 標識の案内に従って二の丸という駐車場まで車を進めた。 正面には既に立派な石垣の上部に大天守の城郭と天主閣が見えています。 よく観ると本丸の城郭には大天守、小天守といわれれる特異な二つの天守閣が見えていた。それにしてもこの石垣城壁の巨大さと其の曲線が実に美事である。この曲線は敵の侵入を防ぐための「武者返し」と言われるものらしいです。

早速、お城の本丸主城へ入城しますが、各階に展示されている色々な展示品を見学しながら最高位の大天守閣へ昇ります。 此処からの展望は抜群で、まずは正面に小天主がチョッと下部に見えている。 又、周囲の展望は城下の熊本市街地をはじめ、遥か遠くは阿蘇の連山が実に見事で鮮明に見られます。 

この熊本城は既にご承知でしょうが日本の三名城(姫路城、大阪城)とも言われて、戦国期の天正年間に肥後(熊本)の国の領主として本拠を置いた加藤清正(秀吉の重臣、幼名・加藤虎之助)によって築かれたお城です。 この立派な石垣にも拝見できるように、城郭の最大の強みは“堅実な守り”に重点をおいた築城とされ、これは明治維新の際の西郷軍が攻めた西南戦争でも証明されたのです。 実はこの戦いで薩摩の西郷軍は城を甘く見ていたフシがあり、実際の城攻めにおいても、誰一人城内には侵入することが出来なかったといいます。 即ち、この戦いでも“武者返し”という石垣が大いに役立っただそうです。

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